「バンドスタンドに立ったときは常に無心で望むんだ」
超繊細なシンバル・ワークと抜群のスネア、キック、フロア・タムのコントロール。
ワイルドでアグレッシヴなグルーヴ、スウィング・ビート、ハーモニーの展開と共に自由自在に変化をとげる、まさに本能に身を任せたその感受性豊かなアプローチは、バンド全体にファイアーを投じ、全体のテンションを最高潮にまでカラーリングしていく。
先日のブルーノート東京でのテレンス・ブランチャード来日公演では、リーダーであるテレンスも、ゲスト・アーティストのラヴィ・コルトレーンも見事に煽られながら、その瞬間に発生する一度限りの相乗効果を存分に楽しんでいた。
最近ではジャズ界を代表する若手ナンバー・ワンの呼び声も高いドラマー、ケンドリック・スコット。自身が率いるバンド、オラクル のリーダーであり、また自身のレーベルWorldculture Music オーナーでもある。
来る2013 年9 月10 日(火)~12 日(木)に自ら率いるケンドリック・スコット・オラクルによるコットン・クラブでの公演を直前に控えた彼に、自身の経歴、キャリア、バンドオラクルについて話を聞いた。
テキサス出身のケンドリック・スコットがドラムとの運命的な出会いを果たしたのは6 歳のときだ。教会に通う両親の影響もあり、ゴスペル・ミュージックに強く魅せられた少年がドラムに吸い寄せられたのはごく自然の成り行きであり、「ドラムを選ぶというよりはむしろ導かれてドラムを始めた」という。
「教会ではいつもドラマーに釘付けだったんだ」。
以降ドラムはケンドリックにとって生活そのものとなる。
「ハイスクールに進学するまでの僕は、ドラマーとして、とにかくマーチング・バンドに夢中だった。僕が生まれ育ったテキサス州は、アメリカン・フットボールが盛んで有名なんだけど、同時にマーチング・バンドが盛んな州としても知られているんだよ。ゲームのハーフ・タイム・ショウでは優秀でカッコイイ、ハイスクール・ナンバー1のマーチング・バンドが常に演奏してたんだ。彼らの演奏はただカッコイイだけでなく、ディープな素晴らしさがあった。ドラマーである僕にとっては、ゲームよりむしろハーフ・タイム・ショウが目当てでね(笑)。大きなグランドで繰り広げられるハーフ・タイム・ショウは感動的だったし、そこにはR&B やジャズが好きな僕にとって、大好きな音楽の全ての要素があったからね」。
やがて大きなターニングポイントがやってくる。マーチング・バンドで有名なハイスクールへ進学するか、アート系のハイスクールへ進学するかの選択を迫られた。
ミドルスクール在籍当時、ケンドリックに大きな影響を与えた当時のマーチング・バンドのミュージカル・ディレクターであり、恩師でもあるジミー・ジェイコブ氏より「特別であることを特別視することすらも超越した境地を生きることの大切さ」を教わったケンドリックは、当時のドラムの師でもあり自身のアイドルでもあったダリル・シングルトン氏の強力な後押しもあり、ハイスクール・フォー・ザ・パフォーミング・アンド・ヴィジュアル・アーツ・ハイスクールへの進学を決意する。ダリルのアドバイスを生かし、自身の可能性の枠をマーチング・バンドの一員に留めることなく、更なる可能性を求めたのだ。13 歳から14 歳にかけての年である。
ロバート・グラスパー、ウォールター・スミス、ビヨンセ等多くのアーティスト、ミュージジャンを輩出した名高いこのハイスクールで、ロバート・モーガン氏との出会いを果たし、ジャズの基礎を学ぶことになる。この進路の選択が、今後の人生を大きく変えるターニングポイントとなった。
ハイスクールに進学し、ジャズを聴き始めたケンドリックは、やがてジャズの持つクリエイティヴな面に開眼する。ケンドリック自身の音楽的ルーツであるゴスペルのフィーリングや要素、また自身の個性を色濃く投影できる音楽であることに気付き、ジャズに深く魅せられてゆく。
「僕にとってこの時期は、ジャズと出会ったことで、音楽が打ち出すメッセージ性や人生について深く意識し始めた時期だったし、自分の音楽性の構築という意味でも大きなターニングポイントだったんだ」。
プロのミュージシャンとしてニューヨークを意識し始めたケンドリックではあったが、
「少し距離を置いてもう少し自分を磨く必要があると感じていた」という。そう、謙虚さを忘れないケンドリックは自身のベースをボストンに移し、バークリー音楽大学で新たなステップを踏むこととなる。
「ボストンではギグ、リハーサル、リサイタル、毎日が演奏の連続だった。殆ど寝る時間が無かったくらいだよ(笑)。世界から集まるいろんなジャンルのミュージシャン達やジェレミー・ペレット、ジャリール・ショウなんかといったジャズミュージシャン達と実際にどのように関わっていくかをとても考えさせられたよ。だからバークリーではジャズを学ぶというよりは、いかに異なるミュージシャン達と音楽的に関わっていくか多くを学んだ時期だった」
また、ハル・クルック、ケンウッド・デナード、ロン・サベージ、ジョー・ロヴァーノ、ジョン・ラムジーといったバークリーの教師達との出会いもまた、大きな音楽的影響をケンドリックにもたらした。次第にニューヨークのシーンにも顔を出し始め、ケニー・ギャレットやダーレン・バレット等との共演を果たす。まさに寝る時間も無い充実した時を過ごすこととなる。
2003 年春、ミュージック・エデュケーションの学位を取得。バークリー卒業のまさにその日、ベティ・カーター・ジャズ・アヘッド・プログラムでケンドリックの演奏を聴いていたテレンス・ブランチャードから誘いを受け、前任のテキサス出身の同郷のドラマー、エリック・ハーランドの後を継いで正式にバンドに迎えられた。以来約10 年もの間、常に変化し続けるテレンスのバンドのサウンドを支える中心人物である。
ビッグ・アップル、ニューヨークに居を移したケンドリックは、サイドマンとして多忙な日々を過ごす傍ら、ニューヨーク・ベースの同世代のミュージシャン達と自身のユニット、オラクル を結成、自身の音楽についても構築していくこととなる。
オラクル 誕生の経緯、コンセプトについて、ケンドリックはこう語る。
「アート・ブレイキーがコンセプトになっているんだ。彼のことを考えて出来上がったグ
ループがオラクル なんだ。僕は常々、音楽が打ち出すメッセージ性について意識してきたんだけど、ハイスクールの頃、気に入って良く聴いていた彼のバンドアート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズの名前が持つ影響や意味について深く考えさせられた。だってその名前のインパクトはヘヴィだし、大きいからね。僕はそこには音楽を超越した何かを感じたんだよ。リスナーに何を伝えるか、リスナーに何を感じてもらえるかが重要だと思ったんだ。何を感じるか、伝えるか、答えは常にそこに用意されているものでなく、それぞれが自ら自由に感じ取っていくものなんだよね。だから僕は自身のグループをORACLE と名づけることで、リスナーが何を感じるのか、答えそのものを提示するんじゃなくて、人々が自由に答えを見つけることの出来る様な問いかけを、音楽を通してしてみたいと思ったんだ。そしてメッセージ自体がまた新たな問いかけを呼び起こすような、そういう連鎖が重要だと思ったんだ」
自身のグループ、オラクル としては、2006 年の『THE SOURCE』以来、約7 年振りの
新作『コンヴィクション』を今年リリース、この7 年間についての変化についてこう振り返る。
「ファースト・アルバムの『THE SOURCE』は幼少期からアルバム作成当時までの僕の人生に対する全ての想いが集約されたアルバムだ。ハイスクール時代にロバート・グラスパーと一緒に作った「VCB」という曲が収録されているけど、この曲は特にそれを体現している。まさにこのアルバムには自分自身の起源となる全てが詰まっている。またこの7年間テレンスのバンド・メンバーとして過ごすことでグループのリーダーであるということがどういうことなのかを本当に勉強させられたよ。彼はバンドに基本的な方向性は示すんだけど、実際には個々のメンバーがテレンスの示した方向性を基にして自由なサウンド創りが出来るようなスペースがあるんだ。そこにはメンバーの個性やサウンドをコントロールしようとするようなエゴが存在しない。無我の境地だね。テレンスのリーダーとして素晴らしいところさ。だから新作『コンヴィクション』では、僕もそういったことを心がけた。ファースト・アルバムの『THE SOURCE』では11人のミュージシャンに参加してもらったけど、今回の『コンヴィクション』ではロックからジャズに至るまでの広大なオラクル 流のサウンドの縮図を、互いに信頼で結ばれた5 人のミュージシャンで自由に行き来して探求したんだ」。
ドラマーとして、ミュージシャンとして、アーティストとして如何なる状況下でも変わることのないその純粋で謙虚な姿勢は、以下の彼の言葉に集約されている。
「音楽が求めているものに対して忠実に演奏すること、音楽に貢献する立場として無心で音楽に望むこと、だから例えば、音を出す必要が無いと音楽が伝えてくれば僕は叩かない」。
彼のこの謙虚な姿勢は、その練習の姿勢にも現れる。より良い音楽家になるためにドラマーとして大切に心がけて練習していることを尋ねてみると、日々、次の3つのポイントを大切に心がけ練習に臨むという。
ドラムのテクニカルなこと、自分の好きな音楽的なコンセプトについて考えること、瞬時に反応できるようにクリエイティヴィティについて考えること。
「これら3つのアプローチがうまくバランスして初めて、『音楽に貢献する』ということが可能になるんだよ」。
常に音楽の一部になりたいと込めるケンドリックのその想いは、新作『コンヴィクション』の最初のトラックから全開で問いかけてくる。そこには彼の大切にする姿勢、「特別であることを特別視することすらも超越した境地を生きることの大切さ」が貫かれている。
Interviewed by KUNI / Presented by:ユニバーサル ミュージック